COLUMUN
法律コラム

代表弁護士の水谷です。
世の中で注目されている時事問題について、法律に関わる部分で解説したいと思います。
2011年3月の東京電力福島第1原発事故を巡り、旧経営陣が津波対策を怠り東京電力に巨額の損失が生じたとして、株主が旧経営陣ら5人に23兆円超を東京電力に賠償するよう求めた「株主代表訴訟」の控訴審判決が2025年6月6日、東京高裁でありました。
東京高等裁判所は「巨大津波は予見できなかった」として、東京電力の旧経営陣=取締役に約13兆円の賠償を命じた一審判決を取り消し、原告側=株主の請求を棄却しました。
あまり耳慣れない「株主代表訴訟」ということはどういうことなのでしょうか。
このニュースについて弁護士としての見解をお伝えしたいと思います。
「株主代表訴訟」とは
株主代表訴訟というのは、株主が会社に代わって会社のために取締役の会社に対する責任を追及する裁判のこと(会社法847条)をいいます。
取締役が違法行為をして会社に損害を与えた場合、会社は取締役個人に対して損害賠償請求が可能です。
株主が会社に対し『役員に対し責任追及の訴訟を提起せよ』と書面で請求し、会社が60日間訴訟を提起しない場合には、株主が会社に代わって会社に加えた損害を賠償するように、取締役の責任を追及する訴訟を提起すること、これが「株主代表訴訟」です。
取締役の責任によって不祥事が発覚し、株価が大きく下落し、株主が損害を受けた場合に、会社が取締役にその損害を償わせない場合、取締役が自ら取締役に損害の回復を求める制度ともいえます。
これまでの「株主代表訴訟」の主要事例
◾️オリンパス損失隠し事件
オリンパスは約1,000億円に上る投資損失を長年にわたり隠蔽していたことを、2011年に外国人社長のマイケル・ウッドフォード氏が内部告発し発覚したもの。
一部株主が旧経営陣に対し、損害賠償責任を追及する代表訴訟を提起し、東京地裁は旧経営陣に対し、594億円もの損害賠償の支払いを命じる判断をし、これが最高裁で確定しています。
◾️大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件
1990年代に米国の大和銀行NY支店で、行員が不正取引により1100億円超の損失を発生させた件について、株主が経営陣の監督責任を問うて提訴。
1審では実に当時ニューヨーク支店長だった元副頭取に単独で5億3000万ドル(約567億円)、ニューヨーク支店長を含む現・元役員ら11人に計約2億4500万ドル(約262億円)が認定されたとされています。
◾️カネボウ粉飾決算事件
2000年代初頭、カネボウが長年にわたり粉飾決算を行っていたことが発覚し、株主が旧経営陣に損害賠償責任を追及した事件で、複数の役員に賠償命令が下され、和解となりました。
東京電力、13兆円から一転して「ゼロ賠償」への理由
東京電力は、前例を遥かに上回り、一審では取締役らに約13兆円の賠償が命じられていたわけですが、この一審判決がすべて取り消され、原告側=株主の請求が棄却されたことになります。
上記の前例は、粉飾決算を意図的に役員が隠していて、それが明るみに出た事案であることが特徴的です。
東京電力の事案では、10メートル以上の高さの津波を想定した対策は講じられておらず、1〜4号機の交流電源と主な直流電源は、敷地を超える津波には無防備な状態だったといいます。裁判では、
「10メートルを超える高さの津波が襲来すること」について予見する義務があったか、予見してこれを回避すべき対策を講じる義務があったかが問題となりました。
たしかに10メートルを超える津波の到来可能性について長期評価の指摘はあったようですが、
「10メートルを超える津波が襲来する危険性について、切迫感や現実感を抱かせる内容ではなかった。長期評価自体、公表から時間が経過しており、武藤元副社長が改めてその信頼性を確認しようとしたのは不合理とは言えない。東電内の職務権限に照らすと、武藤元副社長以外の旧経営陣も切迫感を抱かなかったことはやむを得ず、旧経営陣の予見可能性や、任務懈怠(けたい)としての注意義務違反は認められない」
と判断されたようです。
株主代表訴訟と経営判断原則
オリンパス、カネボウといった意図的な粉飾決算(損失隠し)のような明確な法令違反と違って、今回の東電のように、経営判断上の結果的な誤りについては、裁判では異なる判断がされてきました。
取締役の任務懈怠責任は、主に「具体的法令違反類型」と「経営判断類型」の2種類に区分され、それぞれの類型で、裁判所が責任を認定する際の判断基準や傾向には明確な違いがあります。
◾️具体的法令違反類型の判断基準
具体的法令違反類型とは、取締役等が明確な法令(会社法、商法、その他の法令)に違反した場合を指します。
この類型では、違反行為自体が明確であるため、裁判所は違反の事実が認定されれば、原則として役員の責任を認める傾向が非常に強く、上場・非上場を問わず、ほとんどの事案で役員の責任が認められています。
◾️経営判断類型の判断基準
経営判断類型とは、取締役等の経営上の政策的判断や意思決定の当否が問題となる場合のことです。
この場合、裁判所は「経営判断の原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)」(=取締役の経営判断の責任範囲を決め、その責任範囲で判断をし、間違いが発生しても、取締役として個人的に法的責任に問われないことを約束する原則)適用し、経営判断の当否については事後的・結果論的な評価を避ける傾向にあります。
具体的には、
①行為当時の状況に照らして、事実認識や意思決定過程に不合理な点がなかったか
②判断内容に著しく不合理な点がなかったか
という観点から審査され、これらを満たしていれば、たとえ結果的に損失が生じても善管注意義務違反は認められず、責任は否定されることが多いです。
今回の東京電力のケースは、この分水嶺を扱い、過去に10メートルを超える津波のリスク評価がされていても、それが切迫した危険と認識できなかったのであれば、その回避策を講じなかったとしても著しく不合理な判断ではない…ということでした。
近時の不祥事と株主代表訴訟
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