COLUMUN
法律コラム

代表弁護士の水谷です。
世の中で注目されている時事問題について、法律に関わる部分で解説したいと思います。
2024年11月8日、ダウンタウンの松本人志さんが、文芸春秋に対する訴訟を「取り下げた」ことが吉本興業のHPから発表されました。
この訴訟は、文芸春秋が松本さんが女性に性的行為を強要したとの報道をしたことについて、松本さんが名誉棄損だとして5億5000万円の損害賠償を求めて提訴していたものです。
訴訟を取り下げたということはどういうことなのでしょうか。改めてポイントを整理しつつ、法律家としての見解を解説したいと思います。
「訴えの取り下げ」とは
「訴えの取り下げ」は、民事訴訟法261条に規定がある制度で、訴訟が始まった後は、被告(文芸春秋)の同意がないとすることができません。
訴えの取り下げがあった部分については「初めから係属していなかった」とみなされますので、取り下げ後に、再び同一の訴えを提起することも原則としてできますが(終局判決前の取り下げなら、再訴禁止効ははたらかない)、実際は再訴がされる例はまれだと思います。
なぜ訴えが取り下げられたのか
では、どうして松本さんの件で訴えの取り下げがなされたのでしょうか。
しばしば、訴訟において相手方から「訴えを取り下げろ」と言われる例がありますが、当然、相手方から言われたからといって取り下げる義務が生じるものでもありません。
ですので、本件でも文芸春秋側から取り下げ要請があったとは考えにくいです。
また、訴訟上の和解において、一定の金銭の支払いがなされ、それとともにその余の訴えが取り下げられることがあります。
しかし、本件では、訴訟上の和解がされたわけでも、何か金銭のやりとりがあったわけでもなく、単純に松本さんから訴えの取り下げがあったようです。
ですので、本件は金銭受領と引きかえの取り下げではありません。
「負け筋」であった可能性
もっとも考えられるのが、「負け筋」であった場合です。
訴訟は、訴訟上の和解ができないまま進行させると、最終的には当然判決が下されることになります。
訴訟上の和解は理由が付されませんし、その内容は非公開ですが、判決は必ず判決理由が付され、かつ公開されます。
つまり、松本さんが敗訴する可能性が一定程度高まり、このまま判決になれば文芸春秋の報道が間違っていなかったことが逆に明るみになってしまう、ということを恐れたのではないかと考えられるのです。
記事は真実なのか
この件の第1回口頭弁論は、今年の3月28日で、松本さんが虚偽の報道を訴えるのに対し、文芸春秋側は「記事は真実」として真向から対立しました。
民事上の名誉棄損は、①公然と(不特定多数に対し)②事実を摘示して③社会的評価を低下させた場合に成立しますが、違法性阻却事由(違法性がなかったこととされる事情)がある時は成立しません。
違法性を阻却する場合とは、①公共の利害に関する事実であること、②専ら公益を図る目的で行われたこと、③摘示された事実が真実であるOR真実と信じるについて相当の理由があること、この3つの要件を満たす場合です。
本件で問題となったのは③で、裁判の争点は「記事が真実だったか」、または「真実だと信じる相当の理由があったか」という点であり、その立証の責任を負っているのは被告である文芸春秋側でした。
少なくとも文芸春秋側において「記事が真実だった」か「真実だと信じる相当の理由があった」ということを一定の証拠をもって立証できたということだと考えられます。
吉本興業のHPから
吉本興業のHPによれば「これまで、松本人志は裁判を進めるなかで、関係者と協議等を続けてまいりましたが、松本が訴えている内容等に関し、強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました。そのうえで、裁判を進めることで、これ以上、多くの方々にご負担・ご迷惑をお掛けすることは避けたいと考え、訴えを取り下げることといたしました」とあります。
前述のとおり、判決を受けた場合、松本さんは女性に対する行為についての記事が「真実だった」か、少なくとも「真実だと信じられる相当の理由があった」ということが判決文に示されてしまう可能性があったのではないかと考えられます。
そうだとすると、それを避けるために自ら訴えの取り下げをしつつ、「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」とことさらに強調したのでしょう(「強制」を立証するものはなくても「任意」であったという証拠はないのだということや、「物的証拠」はなくても「供述証拠」はあるのであろうことが伺われる記載ぶりでもあります)。
訴訟開始からわずか半年足らずで不完全な形で終わったと訴訟とはなりましたが、訴訟の取り下げにもかかわらず松本さんへの疑念は晴れたとは言いがたい状況となりました。
今後の松本さんの動向が注目されます。
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